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事業

事務局

〒929-1126
石川県かほく市内日角井1番地
石川県西田幾多郎記念哲学館内
TEL 076-283-6600
FAX 076-283-6320

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年次大会

年次大会・発表の公募について(B・C会員のみ)
年次大会での発表(日本語あるいは英語)をご希望の方は、800字程度の発表内容概要、簡単な略歴、もし研究業績等がおありであれば業績書を添えて、3月末日までに、事務局宛てに郵送と電子メールにてご応募下さい。審査を経て、発表者が決定されます。


西田哲学会 第15回年次大会(2017年7月15・16・17日)プログラム

西田哲学会 第14回年次大会(2016年7月23・24日)プログラム

西田哲学会 第13回年次大会(2015年7月25・26日)プログラム

西田哲学会 第12回年次大会(2014年7月19・20・21日)プログラム

西田哲学会 第11回年次大会(2013年7月20・21日)プログラム

西田哲学会 第10回年次大会(2012年7月21・22日)プログラム

西田哲学会 第9回年次大会(2011年7月16・17・18日)プログラム

西田哲学会 第8回年次大会(2010年7月24・25日)プログラム

西田哲学会 第7回年次大会(2009年7月25・26日)プログラム

西田哲学会 第6回年次大会(2008年7月26・27日)プログラム

西田哲学会 第5回年次大会(2007年7月21・22日)プログラム

西田哲学会 第4回年次大会(2006年7月22・23日)プログラム

西田哲学会 第3回年次大会(2005年7月23・24日)プログラム

西田哲学会 第2回年次大会(2004年7月24・25日)プログラム

西田哲学会 第1回年次大会(2003年6月7・8日)プログラム

 


年報・会報

「会報」 (全会員に、年度内11月頃に最新号が送付される学会紙です)

第13号(平成27年11月発行)
第12号(平成26年11月発行)
第11号(平成25年11月発行)
第10号(平成24年9月発行)
第9号(平成23年11月発行)
第8号(平成22年11月発行)
第7号(平成21年11月発行)
第6号(平成20年11月発行)
第5号(平成19年11月発行)
第4号(平成18年11月発行)
第3号(平成17年9月発行)
第2号(平成16年11月発行)
創刊号(平成15年11月発行)

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『年報』 (B,C会員に、年度明け7月に送付される学術誌です)

★第15号(H30.7発行予定)掲載論文の公募について

 

第12(平成27年7月発行)

<講演録>
日本思想史における西田哲学の意義 ― 高橋・西田・田辺 - 田中久文
轉轆轆地 ― 禅と西田先生 ― 北野 大雲

<シンポジウム「西田幾多郎と鈴木大拙」>
〈場所と即非〉 ― 「行為の論理」として 森 哲郎
西田と大拙の真宗理解をめぐって 竹村 牧男

<公募論文>
西田哲学における「他者」と「超越」 喜多 源典
「表現」の否定的構造について - 『哲学論文集 第三』における現象学的真理論 丹木 博一
西田哲学と親鸞教学 ― 「逆対応」の可能性 名和 達宣
物は衝動する ― 西田幾多郎『無の自覚的限定』における身体に関する転回をめぐって 森野 雄介
「場所の論理」はなぜ判断論から導き出される必要があったのか - バーバード・ボサンケー受容を参考に 八坂 哲弘
西田哲学と天台仏教 - 東アジア哲学の観点から - 朝倉 友海
ひとつの世界がもつ多くの意味。1930年代の西田およびハイデガーの思想と今日の環境危機についての考察 ジョン C. マラルド
The Many Senses of the One World: Reflections on Nishida’s and Heidegger’s Thought in the 1930s and the Environmental Crisis of Today

<書評>
小林敏明著『西田哲学を開く - 〈永遠の今〉を巡って - 』 中嶋 優太
The Journal of Japanese Philosophy 創刊号 石原 悠子
杉本耕一著『西田哲学と歴史的世界 - 宗教の問いへ』 白井 雅人
『年報第十一号』書評 守津 隆

第11(平成26年7月発行)

<講演録>
西田の場所の思想における叡知的なるもの 嶺 秀樹
西田の場所はキリスト教哲学・神学を変革する 門脇 佳吉

<シンポジウム「技術」>
純粋経験から行為的直観へ ― 技術が問われるところ 秋富 克哉
生と思考のテクネー 中岡 成文
技術の創造性 : 西田幾多郎と技術の哲学 村田 純一

<公募論文>
西田幾多郎とエミール・ラスク 石原 悠子
「現代」とは何か ― 三木清のフィヒテ批判 玉田 龍太朗
グローバル社会における科学技術 ― フィーンバーグの西田論 大家 慎也
表現としての哲学 ― グローバル哲学の新形態へ向けて コプフ・ゲレオン

<書評>
小坂国継著『西田哲学の基層―宗教的自覚の論理』 美濃部 仁
竹村牧男著『〈宗教〉の核心―西田幾多郎と鈴木大拙に学ぶ』 氣多 雅子
大橋良介著『西田幾多郎 ― 本当の日本はこれからと存じます』 田中 裕
『年報第十号』書評 太田 裕信

第10(平成25年7月発行)

<講演録>
西田哲学とキリスト教 田中 裕
西田先生と私の精神病理学 木村 敏

<シンポジウム「無」>
プロティノスの一者との西田の絶対無 岡野利津子
〈無〉理解の透徹へ向けての思索的《試み》
―マイスター・エックハルトにおける〈無をめぐる問題脈絡〉と西田幾多郎の下での〈無の思索〉の交差に向けて―長町 祐司
無のダイナミズム 氣多 雅子

<公募論文>
重なりと透かし ― 西田幾多郎『善の研究』における過去と現在の関係について 松本 直樹
『現代哲学辞典』に関する文献的比較考察 ―三木清を中心とする哲学辞典編集史の一端―
三宅 浩史
西田幾多郎の身体論から女性の顔についての考察へ 上原 麻有子
西田幾多郎における「創造」 石崎 恵子
西田の多文化的世界観 ― その現代的意義および内在的批判 ― ブレット・デービス

<書評>
嶺秀樹『西田哲学と田辺哲学の対決 場所の論理と弁証法』 岡田勝明
斉藤慶典『「実在」の形而上学』 井上 克人
藤田正勝編『『善の研究』の百年 世界へ/世界から』 板橋 勇仁
『年報第八号』書評 石井 砂母亜

■第9号(平成24年7月発行)

<講演録>
『善の研究』における「表現」思想 森 哲郎
経験と自覚 ― 『善の研究』百周年に際して 上田 閑照

<シンポジウム「私と汝」>
一到達点としての「私と汝」 ― 片柳 榮一
〈境界〉のラディカリズム ― 西田幾多郎とマルティン・ブーバーにおける媒介の論理について 小野 文生

<公募論文>
西田幾多郎とハイデガー『存在と時間』 ― 存在了解と自覚 ― 太田 裕信
地下水脈としての内在的超越 ― 明治宗教哲学者群像 ― 水野 友晴
西谷の宗教に対するリアリゼーションと根源的な悪の自覚 メラニー・コクリン
「創造的世界の創造的要素」としての「人間的存在」 西塚 俊太

Bracketing (even) Meaning? Nishida’s Concept of Pure  Experience from the Standpoint of the Husserlian Reduction  ヴァンサン・ジロー
The Giotto’s O – Some considerations about the reception of the Italian translation of Zen no kenkyu エンリコ・フォンガロ
The Fragments Concerning Pure Experience And The Zen No Kenkyu アグスティン・ハシント・ザヴァラ

<書評>
井上克人著『西田幾多郎と明治の精神』 秋富 克哉
藤田正勝『西田幾多郎の思索世界 純粋経験から世界認識へ』 田中 久文
『年報第八号』書評 杉本 耕一

■第8号(平成23年7月発行)

<講演録>
西田の禅思想をめぐって ―逆対応から平常底へ 竹村 牧男
西田先生と私 ―運命的緊張の永続 今道 友信

<シンポジウム「身体」>
世界と身体 ―ベルクソンの「イマージュ論」から西田の「弁証法的世界」へ 安藤 恵崇
身体と混血 谷 徹
芸術と道徳としての身体 ―ニーチェの場合 須藤 訓任

<公募論文>
西田、ジェイムズ、パースの比較試論 ―『善の研究』における論理的なるもの 石田 正人
西田哲学における愛の問題 ―キリスト教との対話と『無の自覚的限定』 石井 砂母亜
『意識の問題』における芸術的経験の位置 中嶋 優太
『働くものから見るものへ』における言語の問題 日髙 明

The emancipation of the concept of the
individual in Nishida Kitaro’s philosophy ステリン・ローラン

<書評>
山形頼洋・三島正明著『西田哲学の二つの風光 ―科学とフランス哲学』 米山 優
山本晃著『西田哲学の最終形態~精神病理学のみかたから~』 白井 雅人
氣多雅子著『哲学書概説シリーズX 西田幾多郎「善の研究」』 杉本 耕一
『年報第七号』書評 竹花 洋佑

■第7号(平成22年7月発行)

<講演録>
西田・田辺哲学とシェリング  藤田 正勝
私と汝 ―人格的世界 小坂 国継

<シンポジウム「国家と歴史」>
国家と歴史の側から、西田幾多郎を問いなおす  植村 和秀
歴史的世界の個性的な自己創造と国家 ―西田哲学における「国家」と「民族」 板橋 勇仁
西田の国家論の特質とその問題点 田中 久文

<公募論文>
映画的知覚の論理と外部性 西田における叡智性概念 小田桐拓志
西田・西谷における論理 満原 健
西田哲学についての論述の試み ダリシエ・ミシェル

Nishida’s Nothingness and Nagarjuna’s
Emptiness: Descriptions and Comparisons イーエン・メーギル
Locus and Space The Concepts of Time
and Space in the Evolution of Nishida’s Philosophy アンドレーア・レオナルディ

<書評>
浅見洋著『西田幾多郎―生命と宗教に深まりゆく思索』 秋富 克哉
小坂国継著『西田哲学を読む一』『同二』『同三』 浅倉祐一朗
竹内整一著『「かなしみ」の哲学―日本精神史の源流をさぐる』 浅見 洋
『年報第六号』書評 熊谷征一郎

■第6号(平成21年6月発行)

<講演録>
科学哲学者としての西田幾多郎  野家 啓一
時と鏡 -西田哲学に於ける実在の論理- 井上 克人

<シンポジウム「哲学と芸術」>
哲学と建築論  香西 克彦
哲学が持ちうる芸術美とはどんなものか? 米山 優
『芸術と道徳』に於ける西田幾多郎の美学思想と「行為的直観」について  大熊 治生

<公募論文>
西田哲学と芸術 ~K・フィードラーを中心に~  浅倉 祐一朗
文化から道徳へ -『師弟問答 西田哲学』をめぐって-  三宅 浩
「場所の論理」と「基体」概念 -西田哲学の知識論-   城阪 真治
The Essence of Sympathy in Nishida’s Philosophy  張 政遠
“Rationality “in History:Nisihida Kitaro and Mou Zong-san  林 永強
The first-person authority and Nishida’s practical philosophy 小田 桐拓志

<書評>
藤田正勝『西田幾多郎 -生きることと哲学』  小坂 国継
板橋勇二著『歴史的現実と西田哲学 -絶対的論理主義とは何か』  湯浅 正彦
『理想 No.681 特集 西田哲学の諸問題』   板橋 勇仁
『年報第5号』書評  白井 雅人

■第5号(平成20年7月発行)

<講演録>
相関と反転 -文の構造と意識の運動に即した場所的論理の解明-   大石 昌史
西田幾多郎と三宅剛一 -「歴史」ということをめぐって-  酒井 潔

<シンポジウム「西田における哲学と宗教」:提題>
西田における哲学と宗教 -ハーツホーン、滝沢、トマスとの対話のなかで- 延原 時行
西田における哲学と宗教 -禅の立場から-  山田 邦男
西田の親鸞・真宗観にみる哲学と宗教  築山 修道

<公募論文>
フロティノスと西田幾多郎   岡野 利律子
場所論から見たニヒリズムの問題  冲永 宜司
時間と実在 -『無の自覚的限定』から-  石井 砂母亜
西田哲学における連続性 -C・Sパースとの比較において-  清水 高志

<書評>
『西田哲学会年報第4号』書評  田中 久文

■第4号(平成19年7月発行)

<講義録>
場所的論理と浄土教  長谷 正當
空と無 そして絶対 -西田哲学を手がかりに-  斎藤 慶典

<シンポジウム「生命」:提題>
西田幾多郎と生の哲学  檜垣 立哉
世界的生命  吉田 真一
西田の生命論といのちの教育  岩田 文昭

<公募論文>
状況的行為としての行為的直観 -主知主義の立場を越えて-  張 政遠
西田哲学における「推論式的一般者」の意義について   藤城 優子
戸坂潤の西田哲学理解  守津 隆
西田幾多郎における「日本」 -『日本文化の問題』を中心として- 林 永強
否定性と当為 -後期西田哲学の展開に向けて-  白井 雅人
ヘーゲル判断論と西田哲学  立花 洋佑

■第3号(平成18年7月発行)

<講演録>
純粋経験としての歴史 大橋 良介
現象学と西田哲学とが出会うところー行為的直観の論理についてー 新田義弘

<シンポジウム:提題>
「自覚」の形式と諸契機ーカントおよび新カント派と西田の視点ー 大橋 容一郎
直接経験の「自覚」 ー西田哲学を一貫するものー 岡田勝明

<公募論文>
ボサンケーと西田幾多郎 片柳 栄一
西田幾多郎の自由意志論 -自由と悪の問題をめぐってー 田口 茂
悲哀における自覚 -西田哲学においてー 熊谷征一郎
現象学の原理と西田哲学 大西 光弘
西田哲学からみたジャコメッティの人体彫刻 ー純粋経験としての彫刻制作とその射程ー 島本 英明

■第2号(平成17年7月発行)

<講演録>
西田と数学 松丸 壽雄

<シンポジウム:提題>
純粋経験の論理 - <統一的或者>が意味するものー 井上 克人
イシスのヴェール -純粋経験をめぐってー 小林 信之
「純粋経験」の宗教的側面 K. リーゼンフーバー

<海外における西田研究の動向報告>
西田哲学と現代音楽 Rolf Elberfeld

<公募論文>
西田哲学と芸術ー「場所」の立場における芸術の意義ー 浅倉祐一朗
西田他者論における転回ー共感的一致から応答的結びつきへ 熊谷征一郎
西田幾多郎における種の概念の問題性 佐々木慎吾
西田における絶対矛盾的自己同一の重層性 -歴史的世界と宗教的世界との重なり合い 鈴木耕一
実在の論理の探求 -西田とホワイトヘッドー 村田 康常

■創刊号(平成16年7月発行)

<講演録> 哲学と宗教 大峯顕

<シンポジウム録>
場所の論理と行為的直観 小坂国継
場所の詩学ー座の文藝に関する一考察ー 田中裕
西田哲学の場所 藤田正勝

<海外における西田哲学の動向報告>
海外での西田哲学研究(その一:英語圏、フランス語圏、ドイツ語圏) 有坂陽子
THE TASK AHEAD FOR NISHIDA STUDIES IN MEXICO Dr.Agusin Jacinto Z.

<公募論文>
西周と西田幾多郎ー明治哲学の成立に関する一考察ー 水野友晴
西田哲学と「歴史哲学」 杉本耕一
私と汝の諸相 白井雅人
すべての経験は純粋経験である 重久俊夫

<書評>
板橋勇仁著『西田哲学の論理と方法』 中川明才