ハーツホーン、滝沢、トマスとの対話のなかで
延原時行(敬和学園大学)
序
与えられた主題「西田における哲学と宗教」を論じるに当って、私の任務はキリスト教の立場からこの主題にアプローチすることである。そこで、米国のプロセス哲学者として著名な、ホワイトヘッドの高弟チャールズ・ハーツホーン、わが恩師滝沢克己、そして私が学位論文『神とアナロジー:自然神学の新しい可能性を求めて』(クレアモント大学院、1981年) の中で比較宗教哲学の枠組としてそのアナロジー論を採用してみたトマス・アクイナス、それぞれのユニークな立場を、主題の闡明のための、思考道具として対比的に用いてみることとする。その際、ハーツホーンの場合には新古典主義神論(neo-classical theism)と万有在神論(panentheism)、滝沢の場合には、「インマヌエルの原事実」論、トマスの場合には、アナロジー論(アナロギア・エンティスを中心にしたアナロジーの四類型論)を「西田における哲学と宗教」を浮彫りにするための思考の鑿に用いてみたい。
西田のテクストとしては、『善の研究』『自覚における直観と反省』『場所的論理と宗教的世界観』を考察対象に選ぶこととする。これは、上田閑照教授の有名な西田哲学の全面的理解「純粋経験――自覚――場所」に則った、既に一般に確立した西田研究の方法である。私の意図としては、『善の研究』序文における有名な一節「私は純粋経験を唯一の実在としてすべてを説明してみたい」を取り上げ、この一節の上田教授による解釈を手懸りにして、三段階にわたる思惟方法(triadic thinking)が西田の初心であったことを確認した上で、この三段階的思惟方法が、他の二つの述作においてどのように発展していっているかを、上述の三人の思想家との対話の中で、批判的に浮彫りにすることが、特殊に、重要となる。
初めに、結論を先取りする形で、以下のような問題提起をすることをお許しいただきたい。このようなシンポジウムの発題において、問題点を初めからクリアにしておくことは、あながち不適切な切り出し方ではないのではないか、と信じるからである。そこで、私の問題提起とはこれである:すなわち、西田の純粋経験の哲学に言う「純粋経験」の真意は、ホワイトヘッドの”creativity”(ハーツホーンが継承)やトマスの”esse”に似た、形而上学的究極者である、というところにあったのではないか。この問題提起は、しかし、検証されなくてはならない。その際、滝沢の「インマヌエルの原事実(ないし神人の第一義の接触)」の立場との異同が重要な検討課題となろう。滝沢は、その西田研究『西田哲学の根本問題』以来、その不可逆説(「神人の原関係」に関する絶対不可逆説)でもって西田哲学に批判的に解明の光を投げかけ続け、遂にこの立場に至っている。
第二に、西田における「自覚の問題」を検討すべきである。滝沢的観点からは、これは「神人の第二義の接触」(宗教的生の成立の事理(1)と(2)を含む)の問題なのであるが、そのようにとっていいのか。それとも、そのようにだけ捉えるのでは、西田の場合、何か不都合な事態が生ずるであろうか。生ずるとすれば、その事態とは何であろうか。
第三に、西田の最後の学理的立場「場所的論理と宗教的世界観」において、①創造作用概念、②宗教概念、③哲学の方法、という三つの問題を取り上げ、ハーツホーン(特に西田の万有在神論《Panentheismus》の主張に関連するハーツホーンの対照的な思想)、滝沢(特に自覚の問題と神のケノーシスの問題に関連する滝沢の西田批判)、トマス(特に逆対応の問題に関連するトマスのアナロジー論の射程)との対比において「西田における哲学と宗教」という我々の主題を省察したい。私は、西田の最後の哲学体系において創造作用概念が、哲学と宗教の問題を考えるに当って、中枢的役割(pivotal role)を果たしていると思う。直截に言って、「創造作用」は、西田哲学の全発展行程において遂に「純粋経験」の成熟概念をなした、と捉えられ得るのではないか、と私は考える。宗教と哲学はその両契機なのである。
純粋経験の哲学では、純粋経験を唯一の実在とする実在の学としての哲学が、説明の学としての形而上学に至る架橋の位置を占めていた。今、最晩年の境涯において西田は、宗教を遂に「死の自覚」の地点まで辿ることにより、一転、哲学的に、「絶対者の再考」《re-envisioning of the Absolute》(それは絶対者の「絶対否定を介しての翻り」の視点を含む)に至り、そこに「逆対応」の形而上学(世界理解)すなわち西田的「万有在神論」を発句する。この全体を司る原理が、創造作用なのである。
だが、右の三節にわたる私の問題提起は、どの段階においても、その正当性が説得的に論証されなくてはならない。いずれにしても、本発題における私の哲学的方法は対話論的であって、その意味では最近の拙著『ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>:仏教的キリスト教哲学の構想』(2001年)と『対話論神学の地平:私の巡礼のなかから』(2006年)を引き継ぐものである。
第一節:純粋経験とは何か――ハーツホーン、滝沢との対話
「高橋(里見)文学士の拙著『善の研究』に対する批評に答ふ」(西田幾多郎全集I、所収)において西田は、彼の純粋経験概念の真意を説き明かして言う。
「それで、余の考では却つて氏の言はれる様に、すべてが意味ともいへれば事実ともいふことができ、意味に対立せざる事実であるから純粋経験であると云ひたいのである」(I:302)。
同様のことをホワイトヘッドは経験の持つ「象徴的関連付け」(symbolic reference)に関して述べている。何かを事実と取れば、それの意味は問い得るが、事態は固定的ではない。事実は、何か別の事象の意味を構成するかも知れないからである。要するに、経験はどの時点においても、両義的である。それが”sym-bolic”(二方に投げる)(象徴的)の原義である 。
「併し余の純粋経験といふものは単に静止的直観の如きものではなくして、活動的発展である、余が純粋経験の根本性質とした統一は、単に静止的直観的統一ではなくして、活動的自発自展的統一である。余の統一といふことには活動的発展といふことと離すことのできない意味があるのである。此の如き活動的統一といふことと余が向に純粋経験の定義として挙げたことと相乖くことはないと思ふ。ベルグソンが真に直接なる意識状態を内面持続とした様に、我々に直接なる主客合一の純粋経験に於て我々の意識は活動的発展的であるのである、直接とか純粋とかいふことと活動的といふことと必ずしも矛盾するとも云はれぬでなかろうか」(I:302-303)。
(1)純粋経験:The Pure Act of Experiencing――ハーツホーンの視点との対比
ハーツホーンは、記憶、知覚、および因果関係を含んだ上で、「創造的綜合」(creative synthesis)の観点を打ち出すのであるが、これを「究極的抽象的な存在原理としての創造作用」(’creativity’ as the ‘ultimate’ abstract principle of existence)とも名付ける点で、恩師ホワイトヘッドと歩みを共にすると考えている。さらに、これを、ベルグソンの「同時に創造的にして保存的であるものとしての、そしてその生成において実在そのものであるものとしての、(人間的であると共に人間的でない)経験すること」の思想に関連付け、後者を解明するものだ、とする 。西田の右の「活動的発展的」でありつつすべてを(事実も意味も)含むところの純粋経験概念を、ハーツーホーンの観点と睨み合わせて考える時、それはthe pure act of experiencing (経験することの純粋な行為)とでも呼称できるものではないか、と思う。こう言っている場合、私は、勿論、E・ジルソンがトマスのesseをthe pure act of existingないしはthe intrinsic act of being と呼称していたケースを想起しているのである。
もしもこの理解が正鵠を射たものだとすると、純粋経験は、「色を見、音を聞く刹那、未だ主もなく客もない」という原始の刹那に現れるのであるが、それはまた、記憶、知覚、因果関係を含んだ思惟にも(思惟が思惟みずからを突破する形で思惟する時)――ホワイトヘッド流に言えば、creativityは全くcharacterless(性格付けなし)であるので、creative thinkingは一定の型に嵌まることを拒否する故に――現れるのである。この現れを、上田教授は、ヤスパースの「思惟そのものの反転(翻転)」「新たな思惟への移行」と関係付けるのであるが、興味深い視点である 。
(2)滝沢の批判の妥当性――直覚そのもの(A選択)か体験内容(B選択)か
ここで、滝沢が論考「西田幾多郎」(1954年1月脱稿)の中で述べている一節を参照しておくことは、適切であろう。
「周知のように、『善の研究』の博士はこれを「純粋経験」という名で言い表わした。なぜ「経験」というのか。かれ自身に直接与えられている「真実在」は、決して単に固定したもの・死んだものではないからだ。なぜ「純粋」というか。思うにそれは、自分というものがまず在ってそれによって成り立つと考えられた局部や断片の雑多な寄せ集めではなくて、逆に私の経験がその種類の如何を問わず、積極的にはただそこから、その中で、それに向かってのみ、必然的な意味を以て成立し展開することができるところの、純一無雑な生命の真実だからであろう。私の経験、私の生命は、現実的にはたかだかこのような純粋経験から出て純粋経験に還るところの部分的生命、いわば純粋経験それ自身の或る種の変容、乃至は文化発展の一形態にすぎない。進歩か堕落か、調和か分裂かは、ただわれわれ自身の経験(意志・感情・思惟ないし行動)が、純粋経験それ自身の必然即自由なる潮流に結びつくかどうかによって定まるものといわなくてはならない 。」
そう言いながら、以下のように、滝沢は批判的言辞を連ねることも忘れない。
「しかしながら、博士が自分でも右(注:『哲学論文集第三』の序)にそう認めているように、また「純粋経験」という言葉がすでにそれを裏切っているように、『善の研究』では、「すべてがそこからそこへ」というそのものが、まだ単に人間的な経験からの類比に於て考えられている。その限り、如何に「主客を超えた」処から現実を見るといっても、結局は単に主観的な浪漫主義への傾きを免れることはできない」(著作集I:422―423)。
一体、そうであろうか。もしも、純粋経験を「経験することの純粋の行為」(the pure act of experiencing)と捉えるならば、これは(西田も言うように)あくまでも「活動的発展的」であるので、これと分けて「単に人間的な経験」を想定して、それとの類比に於いて「活動的発展的な純粋経験」を考える必要は出て来ないはずである。一つの必要があるとするならば、それはむしろ「活動的発展的な純粋経験」の出処をその力動的な活動発展の只中に確かめることでなくてはならない。そしてそれこそ、西田が第二作『自覚に於る直観と反省』において究明しようとした要件なのである。そう取ることが、西田の内在的論理の発展の理解として自然であると思われる。だが、滝沢が処女作『西田哲学の根本問題』(昭和11年)において以下のように述べる時、西田の内在的論理の理解に関して二つの選択肢を示唆しているものと思われる。
「西田哲学の基づくところの直覚、西田博士の思索がそこから出てそこに還りゆく直覚的なるものは、如何なる意味に於ても西田博士の体験内容となることの出来ないものである。如何なる意味に於ても単に西田博士のものとしてこれを誇ることを許されないものである。何となればそれは西田博士の全存在を絶対に殺すところのものなるが故に。即ちそれは博士がただ絶対の死の深淵を隔ててのみ、これと直接に相対するものである」(著作集I:177)。
一つの選択肢は、西田の「純粋経験」を「直覚的なるもの」と関係付ける立場(A選択と呼んでおく)であり、もう一つの選択肢は、それを「体験内容」と取る立場(B選択)である。どうも、滝沢の1954年の論考の中での把握はB選択のように思われるのだが、我々はA選択の方が正しいように思う。
(3)滝沢哲学の独自の進展
ここで、滝沢が(バルト神学の強い影響の下に 、B選択を選んだ上で、生涯の思索の道を突き進んだ結果)西田の純粋経験の哲学に代置するものとして、彼自身の「インマヌエルの原事実」の哲学を独自に展開していることは記憶しておくべき、一つの重要な事実である。滝沢の最終的な立場はこうであった。
「神と人との関係は、実体的にも作用的にも「絶対に不可分・不可同・不可逆」である。だからこそ、「実体的」を「第一」というのに対し、「作用的」という意味で「第二」といわれる象面には、ふたたび(1)神(の原決定)のはたらきと、(2)そのように決定せられた人の自己決定と、不可逆的な両面が属することとなるのである。ところが、旧著『仏教とキリスト教』のなかで、「第一義の接触」に対して「第二義の接触」と呼ばれたものは、右の「第二の(2)」のなかで、その(1)に照応・合致する自己決定の形としての、真正の信もしくは覚だけを意味していたのだ 。」
「もしも「接触」という語が、人間的自己成立の根底をなす神の原決定のはたらきと、人間的自己決定(人間という有限の主体のはたらき)が、絶対に区別せられながら逆対応的・不可逆的に一だという意味ならば、その「接触」は、後者が前者に呼応・合致しない場合にも、そのつど特定の形においてかならず成り立っているであろう。ただその場合、インマヌエルの神の原決定のはたらきは、絶対に逃れえない審きとして、その人の自己改革(かれにおける「第二義の接触」の実現)を要求する、というだけである」(『あなた』53頁)。
右の第一の引用文において、滝沢が「神人の第二義の接触」の(1)神(の原決定)のはたらきに言及する時、これは明らかに西田の「純粋経験」の活動発展に対応するものを考えていたであろう(「単に人間的な経験」とは区別して) 。単に人間的な経験は、滝沢の場合、「第二義」の(2)「人間的自己決定」の全体がこれを言い表わしている(純正形態も虚偽形態も含めて)(この点、第二の引用文、参照)。そこで、問題は、滝沢で言えば、「第一義」の成立如何である。私見によれば、それを追究しているのが、西田の第二作なのである。
第二節:自覚の問題:なぜ自覚における直観と反省なのか――滝沢との対比
西田は、第二作『自覚に於る直観と反省』第四十章の冒頭に書く。「多くの紆余曲折の後、余は終に前節の終に於て、知識以上の或物に到達した」(II:273)。その或物とは、真の持続としてエリューゲナが力説した「動静の合一、即ち止れる運動、動ける静止」(Ipse est motus et status, motus stabilis et status mobilis)だという(II:278)。
(1)自覚の絶対の背後にある三極構造(a-b-c):上田構想(A-B-C連関)の分節
さて、西田の純粋経験の哲学は、先に述べた(A)「経験することの純粋の行為」を(B)「唯一の実在とする」態度――実にそれは、宗教的態度の原初である――で、(C)「すべてを説明する」ことを目差した。今、この哲学は、宗教的態度の焦点である「純粋経験」の活動展開の根源に「動静の合一」の原理を見極める。そこから出てきた新しい哲学的認識が、以下の如く言い表わされる。
(a) 絶対自由の意志が
(b) 翻って己自身を見た時、
(c) そこに無限なる世界の創造的発展がある。(II:287)
この新しい三段階は、認識以前das Vorbegrifflicheの実在の構造力学を示すものとして、当然、「経験することの純粋の行為」に潜む内奥の組成を明らかにしている。つまり、『善の研究』の三段階(A―B―C)の起点(A)「純粋経験」はその組成の中に、『自覚』の明らかにしているように、(a)「絶対自由の意志」の(b)「翻りの形而上学」を畳み込んでいるのであって、それだからこそ、(c)純粋経験の哲学のヨリ明瞭な表明としての「世界の創造的発展」の哲学が今、新たに打ち出されてくるのである。こうして、『自覚』の三段階(a―b―c)は神内部の自覚に於ける無限なる「復帰」(regressus)の方向――《Natura nec creata nec creans》(創造もせず創造もせられない神)の方面――と無限なる「発展」(egressus)の方向――《Natura creans et non creata》(創造して創造せられない神)の方面――を含むのである。(II:278-279、284)
(2)西田の三極構造の思惟と滝沢の二極構造の思惟
ここまで見てくると、このような意味での三極構造の三極構造(double triadic thinking)からなる西田哲学の組成を、以下のような滝沢の二極構造の論理(創造者対被造物のdyadic thinking)で描出することは、後者のそれ自体としての正当さ(その結構は記述の通りである)にもかかわらず、少なくとも西田哲学理解としては、微妙な齟齬を生むものではないか、と危惧される。
「その結果博士のついに発見したところによると、「絶対の創造的・普遍的な場所に於てあるところの・その同じ場所の・射映点として、逆にそれ自身創造的に運動する個物」(いわば唯一のCreatorと絶対に区別されながらしかもその同じCreatorと絶対に一であるcreature)――このようなのが、事実的に存在する物そのものに属する最も根本的な弁証法的規定であった。もしも有限の個物の存在を「有」と名づけるなら、それは元来、ただ絶対無(絶対に創造的な生命)の自己表現点としてのみ、具体的事実的に、歴史的必然的に運動する物であることができるのである。」(著作集I:424―425)
なぜ、先に述べたように、危惧されるのかと言えば、右の滝沢の二極構造の論理(Creator vs. creature dyadic thinking)においては、西田が注目するエリューゲナの「復帰」の方向――「創造もせず創造もせられない神」の方面――が閑却されていて、一度も積極的に論じられないからである(滝沢の終始一貫論じているのは、創造者の被造物との不可逆的一体性なのだ)。そのような神(創造以前の神)を積極的に論ずる根拠が、滝沢の二極構造の論理にはない。だが、西田はその根拠をやがて最後の論文『場所的論理と宗教的世界観』において明確に示す。その際の論法は、「絶対は、無に対することによって、真の絶対であるのである」(XI:397)というものである。この場合の「絶対」は、《Natura nec creata nec creans》(創造もせず創造もせられない神)の境位にあるのではないか。それというのも、この神は被造世界に対している神ではなく、無(キリスト教神学で言う「内三位一体的神性」の論述におけるマイスター・エックハルトの”Nichts”を想起せよ)に「対している」神だからである。ここで、「対している」とは、西田の内在的三一論(The Immanent Trinity)に関わる専門用語であることに、留意しなくてはならない。
いずれにせよ、無(神性)=己自身を「翻って」「見る」神は、反面、間髪をいれず、「世界の創造的発展を直接に促す」神である。この神に於いて、反省は自覚に至り、自覚は創造に従事する。我々は、『自覚に於る直観と反省』が、「知識以上の或物」を論ずるところの徹底的神哲学の述作であることを、見誤ってはならない。その意味はこうである:西田は自覚の問題――なぜ自覚における直観と反省なのか――を、哲学的に人間の問題であると同時に、神哲学的に神の位相の事柄として、追究するのである。「唯超認識的なる意志の立場に依つてのみ経験を繰り返し得ると考へた」とか、「刀折れ矢竭きて降を神秘の軍門に請うた」とか序で述べているのは、この消息を指すものではないか(II:10―11、参照)。
第三節:創造作用の形而上学:死の自覚、逆対応、万有在神論(Panentheismus)――トマス及びハーツホーンとの対比
西田哲学の「純粋経験――自覚――場所」(A―B-C連関)という発展は、上田教授によって詳らかにされていて、著名である。前節で明らかにしたように、西田哲学の発展史から見れば、「純粋経験――自覚」として編み出される関係は、根源的論理的には、「経験することの純粋の行為」(the pure act of experiencing)に畳み込まれ、かつそれを促すものとしての「絶対自由の意思――翻って己自身を見る――無限なる世界の創造的発展」(a-b-c連関)が絶対の背後に控えていてこその動態である。そこで、今度は、「純粋経験」についてその絶対の背後が考察されたように、「自覚」(この場合は、宗教的自覚)がその絶対の背後と共に闡明されてゆく。我々が西田の最後の論文『場所的論理と宗教的世界観』に、先ず、見出すのは、こうした手順である。
(1)死の自覚:宗教的自覚の三極構造(d-e-f)
西田の場合、宗教が問題となるのは、「色が色として眼に現れる如く、音が音として耳に現れる如く、神は我々の自己に心霊上の事実として現れる」(XI:372)のであるから、「向うからこちらへ」の形においてである。この点、カントは、唯道徳的意識の上から宗教を見ていたので、宗教の独自な境位を知らなかった。カントが知っていたのは、人生のための価値の問題としての宗教であって、霊魂不滅にしても、神の存在にしても、道徳的意識の要請でしかなかった。つまり、宗教は道徳の補助機関としか考えられていなかったわけである(XI:393、373)。
西田にとって、これとは逆に、「死の自覚」は、以下の文言に明らかなとおり、宗教的自覚の「向うからこちらへ」の性格を如実に物語るものだ。
「自己の永遠の死を自覚すると云ふのは、我々の自己が絶対無限なるもの、即ち絶対者に対する時であろう。絶対否定に面することによつて、我々は自己の永遠の死を知るのである。併し単にそれだけなら、私は未だそれが絶対矛盾の事実とは云はない。然るに、斯く自己の永遠の死を知ることが、自己存在の根本的理由であるのである。何となれば、自己の永遠の死を知るもののみが、真に自己の個たることを知るものなるが故である。それのみが真の個である。真の人格であるのである。死せざるものは、一度的なるものではない。繰り返されるもの、一度的ならざるものは、個ではない。永遠の否定に面することによつて、我々の自己は、真に自己の一度的なることを知るのである。故に我々は自己の永遠の死を知る時、始めて真に自覚するのである」(XI:395)。
もっと直截に言えば、こうなる:「我々の宗教心と云ふのは、自己から起るのではなくして、神又は佛の呼声である。神又は佛の働きである、自己成立の根源からである」(XI:409-410)。ここに明らかに見てとれるのは、自覚の絶対の背後にある「自己成立の根源――神又は佛の呼声――宗教心(宗教的自覚)」の三極構造(d-e-f連関と呼んでおく)なのである。西田の場合、顕著なのは、この新しい三極構造(d-e-f)が宗教的自覚の内奥を形作る事実である。
(2)神哲学の三極構造(g-h―i):逆対応のヴィジョン
瞠目すべきことに、この宗教的自覚の内奥を形作る三極構造は、それがそれとして瞬発した途端、哲学的洞察へと転入するのである。以下の引用は重要である。
「如何なる意味に於て、絶対が真の絶対であるのであるか。絶対は、無に対することによつて、真の絶対であるのである。絶対の無に対することによつて絶対の有であるのである。而して自己の外に対象的に自己に対して立つ何物もなく、絶対無に対すると云ふことは、自己が自己矛盾的に自己自身に対すると云ふことであり、それは矛盾的自己同一と云ふことでなければならない」(XI:397)。
ここに現れているのは、絶対者に特有の三極構造「絶対の無――絶対――絶対の有」(g-h-i連関と名付ける)なのであって、もしも宗教的自覚の背後にある自己成立の根源と絶対無とが自己矛盾的に同一の事態ならば、宗教的自覚の三極構造(d-e-f)と絶対者に特有の三極構造(g―h-i)とは等根源的に対応(しかし、根源に還れば還るほど、対応するという意味では「逆対応」)することになる。これが、西田の逆対応の神哲学のヴィジョンなのである。これはその中に、宗教的自覚観を秘めつつも、それから哲学的洞察の飛躍を絶対者の内奥の成立ちにまで敢行している意味では、宗教的かつ神哲学的ヴィジョンなのであって、これを西田自身は以下のように統一的に把握する。
「我々が神と云ふものを論理的に表現する時、斯く云ふの外にない。神は絶対の自己否定として、逆対応的に自己自身(注:内三位一体的神性。三つの位格personaeそれぞれが有ならば、これは、マイスター・エックハルトの言うように、無Nichts)に対し、自己自身の中に絶対的自己否定を含むものなるが故に(注:この絶対的自己否定は、位格から内三位一体的神性への「離脱」である点で自己否定だが、さらに、神性から、神性がNichtsである否定性をさらに否定して翻り、「世界に於いてある」形に転ずる意味では、徹底的自己否定=自己肯定である点で)、自己自身によって有るものであるのであり、絶対の無なるが故に絶対の有であるのである。絶対の無にして有なるが故に、能はざる所なく、知らざる所ない、全知全能である。故に私は佛あつて衆生(注:絶対者の三極構造からの衆生愛)あり、衆生あつて佛(注:宗教的自覚の三極構造からの往相)があると云ふ、創造者としての神あつて創造物としての世界あり、逆に創造物としての世界あつて神があると考へるのである」(XI:398)。
(3)逆対応のヴィジョンとトマスの「二者ノ第三者ヘノ帰属ノアナロジー」
このような逆対応の神哲学ヴィジョンは、私見によるならば、トマス・アクイナスの有名な「二者ノ第三者ヘノ帰属ノアナロジー」《Analogy of Attribution Duorum Ad Tertium》の隠された真理性と創造的活用の可能性を、トマスのこれの神学的アナロジーとしての却下にもかかわらず、勇躍、推挙するものなのである。神と創造物を超えて妥当するRealityありやなしや、という形而上学的問いに対して、トマスは(後にはバルトも)否としか答え得なかった。それは、思うに、西田におけるような、絶対者(神/佛)と創造物(衆生)の等根源的な根源(絶対無/絶対矛盾的自己同一的世界)を彼が(バルトも)知らなかったからに他ならない。ここに、先の引用文において、西田が「絶対無に対する」とか「自己自身に対する」とかいう表現法で何を言いたかったのか、十分哲学的に留意する必要があると私は思うのである。彼の用いる「逆対応」概念は、哲学史的に顧みれば、トマスの却下したアナロジー概念、Analogy of Attribution Duorum Ad Tertiumの再揚言の意味を含んでいる。そう考えないならば、我々は西田の哲学の世界的貢献の意味を、哲学史のコンテクストの中において適切に闡明したことにならないのである。また逆に言えば、そう考えないならば、トマスのアナロジー神学の豊潤な可能性を(よく知られているAnalogia Entis
のなかの、Analogy of Attribution Unius Ad Alterum「一者ノ他者ニ対する帰属ノアナロジー」、Analogy of Proper Proportionality「本来的ナ比例性ノアナロジー」、Analogy of Metaphorical Proportionality「隠喩的比例性ノアナロジー」という三つのジャンルの考察を超えて)十分思慮深く探究したことにならないのである 。
(4)仏教的弁証論の企画:Panentheismus――ハーツホーンとの対比
さて、西田の神哲学の右のヴィジョンは、仏教弁証論の企図を内包していた。西田は最晩年まで、彼の若い知己――かつて「一般概念と個物」という『思想』1933年8月号掲載論文を以って彗星のように現れた九州大学の助手、西田自身「自分の哲学思想をはじめてよく理解する知己を得た」という意味の書簡を送って以来、親しく書簡を交わし導きの手を差し伸べてきた滝沢克己――との批判的対話を止めなかったのであるが、滝沢のドイツ留学とバルト神学吸収後の述作『西田哲学の根本問題』の出版は、それが余りにキリスト教神学(ことにバルト神学)の立場からの西田哲学解釈であったので、西田において永く仏教哲学弁証論を書く意欲を刺激していたようである。右のヴィジョンが西田哲学の集大成として枢要である所以である。
さて、西田は仏教哲学弁証論を書くに当って、先ず、彼がここまでに確立した「絶対の再構想」《re-envisioning of the Absolute》を再確認する。以下の文言のとおりである。
「絶対は何処までも自己否定に於て自己を有つ。何処までも相対的に、自己自身を翻へす所に、真の絶対があるのである。真の全体的一は真の個物的多に於て自己自身を有つのである。神は何処までも自己否定的に此の世界に於てあるのである。此の意味に於て、神は何処までも内在的である。故に神は、此の世界に於て、何処にもないと共に何処にもあらざる所なしと云ふことができる」(XI:398)。
ここに顕著なのは、「翻りの形而上学」とでも呼びうるものの展開であって、その究極は「神は世界に於てある」という神の徹底的内在の主張である。興味深いことに、これは、プロセス哲学の方では、ホワイトヘッド最晩年のメッセージ”God is in the world” に酷似している。
さて、そこで、西田の仏教弁証論はどのような骨格をもつであろうか。徹底的内在神を出すために、彼は、鈴木大拙の力説する金剛経の「即非」と大燈国師の語を用いるのである。以下の一節を熟読したい。
「仏教では、金剛経にかかる背理を即非の論理を以て表現して居る(鈴木大拙)。所言一切法者即非一切法是故名一切法と云ふ、佛佛にあらず故に佛である、衆生衆生にあらず故に衆生であるのである。私は此にも大燈国師の億劫相別、而須愈不離、尽日相対、而刹那不対といふ語を思ひ起すのである。単に超越的に自己満足的なる神は真の神ではなからう。一面に又何処までもケノーシス的でもなければならない。何処までも超越的なると共に何処までも内在的、何処までも内在的なると共に何処までも超越的なる神こそ、真に弁証法的なる神であらう。真の絶対と云ふことができる。神は愛から世界を創造したと云ふが、神の絶対愛とは、神の絶対的自己否定として神に本質的なものでなければならない。Opus ad extraではない。私の云ふ所は、万有神教的ではなくして、寧、万有在神論的Panentheismusとも云ふべきであろう。併し私は何処までも対象論理的に考へるのではない。私の云ふ所は、絶対矛盾的自己同一的に絶対弁証法的であるのである。ヘーゲル弁証法も、尚対象論理的立場を脱してゐない。左派に於て、万有神教的にも解せられた所以である。佛教の般若の思想こそ、却つて真に絶対弁証法に徹して居ると云ふことができる。佛教は、西洋の学者の考へる如く、万有神教的ではない」(XI:398-399)。
ところで、ハーツホーンは万有在神論(panentheism)の成立要件として、以下の事実を確認している。「もしも宇宙が顕著に生気あるもので理性的であるとするならば、それがそのまま神であるか、それとも、二つの卓絶した存在者、神と宇宙、及び第三の超絶的な存在者、つまり“神と宇宙”の全体的実在、があるか、どちらかである。ジレンマは、創造する神と包括的創造物が一人の神である、ということの是認によってのみ満足の行く問題解決に至るのである 。」そう述べることにより、ハーツホーンは、彼自身の万有在神論の立場(それは、「神は、あるリアルな面に於いて、いかなる相対的なものとも区別され、かつそういうものから超絶しているのだが、しかも、現実的全体性として捉えた場合、一切の相対的なものを包含する」という見地である)を、伝統的な有神論ないし理神論(これは、神を「全く超絶的ないし非包括的なもの」と見なす)及びスピノザのタイプの汎神論(万有神教)(これは、「神は、相対的ないし相互依存的なもののすべてであって、何物も完全に超絶するもの、ないし明確な意味において非相対的な者は一切ない」という立場である)から区別しているわけである。ハーツホーンの立場は、従って、「非相対的絶対者」の観念に立脚する伝統的有神論の立場だけでなく、完全に相対的な神として自然と同等の意味しかもたぬリアリティー(つまり、deus sive natura)観に基づくスピノザの汎神論の立場に由来する偏った見方の隘路から脱却するものであるのだ。
このハーツホーンの万有在神論の成立要因である(1)超絶性、(2)一切包含性、の二要素は、西田の仏教的万有在神論において十分見出されるであろうか。(2)の一切包含性は、容易に、「神の絶対的自己否定」の概念に見てとれる。では、(1)の超絶性の要素はどうか。大燈国師の「不離不対」の論理は、それだけでは、超絶性を明確に語ったことにはならないのではないか。
ここにおいて、西田の場合、神が無(絶対無=内三位一体的神性)に「対する」という徹底的神哲学が重大化する所以である。私自身はこの「対する」を①神の絶対無ないし仏教的空への至誠心と取る。第二に、「無が無自身に対して立つ」(XI:397)を②ナガールジュナの「空は空自らを空ずる」仏教的形而上学的原理の哲学的言い換えと取りたい。第三に、③西田の言う「神又は佛の呼声」(XI:409)を、①+②の帰結と考える。この面では、西田はバルト的な「向うからこちらへ」の方向性(不可逆性)から学んでいると思える。西田の宗教観「神は我々の自己に心霊上の事実として現れるのである」(XI:372)が、こうして哲学的に基礎づけられたわけである。仏教弁証論が成就した。
ただし、西田の言う「神の絶対的自己否定」の思想は、「極悪にまで下り得る神でなければならない。悪逆無道を救う神にして、真に絶対の神であるのである。(中略)絶対のアガペは、絶対の悪人にまで及ばなければならない」(XI:404-405)という悪の問題の解決法に触れてくる時、滝沢が批判して言うように、悪魔的なもの、ないしは悪が「なにか絶対矛盾的自己同一の不可欠の要素」であるかのように容認される隘路を抱えている 。
結語:西田哲学の全体観――創造作用の形而上学
今、全体を振り返って見れば、西田哲学の進展の全体性「純粋経験――自覚――場所」(A-B-C連関)の中で、(A)純粋経験の絶対の背後に「絶対自由の意志――翻って己自身を見る――無限なる世界の創造的発展」(a-b―c)が窺われ、(B)自覚の絶対の背後に「自己成立の根源――神又は佛の呼声――宗教的自覚」(d―e―f)が悟られ、(C)絶対者の再構想の焦点に「絶対無――絶対――絶対有」(g―h―i)が浮かび上がってくる。(B)自覚と(C)絶対者とは、ここまでの考察において詳しく見たように、等根源的組成をなすのであるから、「逆対応」の神哲学的ヴィジョンが両者を統一する。それを足掛かりにして、西田は、仏教的弁証論を彼独自のPanentheismusとして構築したのであった。
では、こうした西田哲学の最終的全体観を統一的にどのように把握すればよいのであろうか。私は先ず、彼の根源把握が、「自己成立の根源かつ絶対無」からなる「絶対矛盾的自己同一の世界」(ここで世界と言うのは、通常の意味ではなく、究極的実在の意味であろう)の言表に至っていることに注目したい。次に、自覚の絶対契機と言うか、「神又は佛の呼声」ないし(絶対者の場合だと)「絶対無に対する姿」(至誠心)が焦点をなしていることに注目せざるを得ない。「自己自身の中に形而上学的世界(自己矛盾的同一の世界)が自己を表現する」ことが焦点の活動である。第三に、我々の宗教的自覚にしても、神の絶対有への翻り(神は世界に於いてある)にしても、新しいものの形成に向かうものだ。
これらの三段階をすべて網羅して動かしてゆくものが、遂に、創造作用として明らかにされている。曰く、「創造作用ということは、(A)多と一との矛盾的自己同一的世界が、(B)自己自身の中に自己を表現し、(C)何処までも無基底的に、作られたものから作るものへと、無限に自己自身を形成し行くと云ふことに他ならない」(XI:400)。ここに、西田哲学の初心「私は(A)純粋経験を(B)唯一の実在として(C)すべてを説明して見たい」が創造作用の形而上学の立場から、完成されているのを見る。日本の敗戦も間近な昭和20年の初夏、西田幾多郎は、これだけの事を完成して逝った。何と言う大きな達成であろうか。その巨大さ、その未来性、その強靭さに、私はただただ驚くのである。純粋経験の哲学は、創造作用の形而上学として完成したのである。(了)
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註
1 Tokiyuki Nobuhara, God and Analogy: In Search of a New Possibility of Natural Theology (Ann Arbor, Michigan and London: University Microfilms International, 1982).
2 何かの事象を取り上げれば、それを知覚する者の立場からはその事象の事実は宇宙に於いて一つの象徴と取ることができる。そこで、その象徴の意味はどこにあるか、を問うことができる。この場合、象徴と意味の関係は一義的ではない。Cf.: ”The nature of their relationship does not in itself determine which is symbol and which is meaning. There are no components of experience which are only symbols or only meanings. The more usual symbolic reference is for the less primitive component as symbol to the more primitive as meaning” (Alfred North Whitehead, Symbolism: Its Meaning and Effect, New York: G. P. Putnam’s Sons, 1959, p. 10). See Tokiyuki Nobuhara, “A Whiteheadian Reinterpretation of Nishida’s Philosophy of Pure Experience: With the Concept of ‘Symbolic Reference’ As Guide,” in Franz Riffert, ed., Perception Reconsidered: The Process Point of View (Vienna: Lang, 2007).
3 Charles Hartshorne, Creative Synthesis & Philosophic Method (La Salle, IL: The Open Court Publishing Co., 1970), xv.
4 See Etienne Gilson, Elements of Christian Philosophy (Westport, CONN: Greenwood Press, 1978), pp. 130-131.
5 上田閑照『西田幾多郎を読む』(東京・岩波書店、1991年)、130頁。
6 滝沢克己『滝沢克己著作集I』(京都・法蔵館、1972年)、421-422頁。以下、著作集Iと略記。
7 バルトの弁証法神学の方法は、人間の宗教性(例えば、祈祷)を完膚なきまで批判した上で肯定するところに現れる。バルトは、あらゆる世界内的な現象を終らしめるものこそ、それらの基礎付けだと考える。以下の二つの引用を参照せよ:「イエスにおける啓示は、直接的な見方によっては理解することができない。無意識的なものを闡明しても、神秘的な祈祷に沈潜しても、隠れた精神的能力を発展させても、それを理解することはできない」(Karl Barth, Der Roemerbrief, 2 ed. Muenchen, 1922, S. 72)。「パウロが歴史的終局や時間的終局について語るときには、彼はただ歴史の終りや時間の終りについて語っているに過ぎないのであるが、しかし、もう一度それの終りについて、従ってあらゆる出来事や俗事に根本的に超越している実在について、かく根本的に、かく明白に理解されるならば、歴史の有限性や時間の有限性について語るときに、彼はまた同時にあらゆる時間やあらゆる出来事が基礎づけられているものについても語っているのである。彼にとっては、歴史の終りは原歴史と同意義であり、彼が語っている時間の限界は、あらゆる時間の限界であって、従って必然的に時間の根源であらねばならない」(Karl Barth, Die Auferstehung der Toten. Eine Akademische Vorlesung ueber I Kor. 15, Muenchen, 1924, S. 58)。
滝沢は、このバルトの弁証法神学の方法を用いて処女作『西田哲学の根本問題』における西田哲学(ことにその経験概念)の批判的評価に赴いている如くである。それは、例えば、「私は西田哲学の根柢としての神の直覚と、西田博士の体験とは厳密に区別せられなければならぬといった」(179、185、189頁、参照)という、繰り返し反復されるモティーフに明示されている。「神の直覚」が我々の言うA選択、「西田博士の体験」がB選択と言えば、当っているであろうか。
8 滝沢克己『あなたはどこにいるのか:実人生の基盤と宗教』(東京・三一書房、1983年)、56頁。以下、『あなた』と略記。
9 ここで留意すべきは、「純粋経験」そのものは、もしも私のthe pure act of experiencingという言い換えが正当ならば、形而上学的究極者としてホワイトヘッドやハーツホーの言うcreativityと内容的に違わない境位にあるものなのであるが、それを滝沢の「第二義」の(1)「神(の原決定)のはたらき」と同定し得るとするならば、ここには、形而上学的究極者と宗教的究極者(神)との同一化の局面が(少なくとも被造物との関係ad extraにおいては)出来する、という興味深い事実がある。
10 See Tokiyuki Nobuhara, “Portraying ‘Authentic Existence’ By the Method of Analogy: Toward Creative Uses of the Analogy of Attribution Duorum Ad Tertium For Comparative Philosophy of Religion,” Bulletin of Keiwa College, No. 1, February 28, 1992, 61-83; No. 2, February 28, 1993, 27-50; and No. 3, February 28, 1994, 1-19.なお、この英文拙稿の邦文解説については、「アナロジーの方法と『本来的実存』:比較宗教哲学のための『二者ノ第三者ヘノ帰属ノアナロジー』――《Analogy of Attribution Duorum Ad Tertium》の創造的活用の観点から試みる、『西田哲学との対話』」(日本ホワイトヘッド・プロセス学会第25回全国大会、2003年9月26日―27日、於上智大学、記念シンポジウム「場所とプロセス―西田哲学との対話」発題ペーパー)参照:
http://pweb.sophia.ac.jp/~yutaka-t/society/nobuhara.doc
11 Cf.:”God is in the world, or nowhere, creating continually in us and around us. This creative principle is everywhere, in animate and so-called inanimate matter, in the ether, water, earth, human hearts. But this creation is a continuing process, and ‘the process is itself the actuality,’ since no sooner do you arrive than you start on a fresh journey. In so far as man partakes of this creative process does he partake of the divine, of God, and that participation is his immortality, reducing the question of whether his individuality survives death of the body to the estate of an irrelevancy. His true destiny as co-creator in the universe is his destiny and his grandeur” (Lucien Prices, ed., Dialogues of Alfred North Whitehead, London: Max Reinhardt, 1954, p. 366).これは、1947年11月11日の談話の記録である。同年12月30日、87歳で永眠。拙著『ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>:仏教的キリスト教哲学の構想』(京都・法蔵館、2001年)、265-266頁、参照。
12 Charles Hartshorne, The Divine Relativity: A Social Conception of God (New Haven and London: Yale University Press, 1964), p. 79; hereafter cited as DR. See also Tokiyuki Nobuhara, “Hartshorne and Nishida: Re-Envisioning the Absolute. Two Types of Panentheism vs. Spinoza’s Pantheism”
http://www.bu.edu/wcp/Papers/Cont/ContNobu.htm
13 滝沢克己『畢竟:シンポジウム――生の根拠を問う』(京都・法蔵館、1974)、121頁。延原時行『至誠心の神学――東西融合文明論の試み』(京都・行路社、1997年)、152-153頁、参照。ここで言う「隘路」を突破するには、形而上学的究極者(例えば、仏教的空=法性法身)は、悪を含めてあらゆるものに浸透するが、宗教的究極者(例えば、人格神、阿弥陀仏)は前者に至誠であることから、逆に、パラドクシカルに、被造物に「汝至誠であれ」という招喚でもって臨む峻厳な事実を、顧慮する必要がある。ここに、「正しさ」《rightness》の原理が価値論的に確立するのである。この面では、西田の言う自己存在の(自己矛盾的)根底の「自覚」ではなく、神の呼声への「人格的応答」において宗教的であることが求められているのである。この意味では、西田の創造作用の形成面に「告白」「懺悔」の契機が含まれなくてはならない。神への人格的応答は、ルターも言ったように、「罪の認識・承認・告白」においてのみ現実的に「神讃美」たり得るからである。