◇第7回年次大会・シンポジウム◇
「国家と歴史」
発表レジュメ
歴史的世界の個性的な自己創造と国家
-西田哲学の観点から
板橋勇仁(立正大学)
本提題は、後期西田哲学において、国家がどのような存在として捉えられているのか、西田哲学が提起する国家のありかたとはどのようなものなのかについて明らかにする試みである。西田は、『哲学論文集第四』所収「国家理由の問題」や、それに関連する「日本文化の問題」「第四論文集補遺」などの論考において、国家とは何か、その存在理由(正当性)とは何かを問い、どのような共同体が国家と呼ぶに値するものなのかについて考察している。その際に西田が行うのは、歴史的現実の世界の構造から、国家の実在原理と意義を明らかにすることである。本提題では、上記論考以外の後期西田哲学についても検討し、西田が考察する歴史的現実の世界の構造とそこに成立する種々の生命の位相とを確認しながら、上述した本提題の目的を果たしたい。
西田は歴史的現実の世界を「作られたものから作るものへ」と進展する世界であるとした上で、それは個性的に自らを創造する世界であるとする。それでは、そこにおいて生きるわたしたちの生はどのようなものであり、そして国家とはいかなる実在原理と意義を持つのであろうか。それを明らかにするために、西田はまず「生命」の成立のありようを問い、そこからわれわれの共同体の成立の仕方を問う。
西田によれば生命体とは、常に生存条件としての環境を持ち、それに適応しつつ存在する。しかしまた生命体は、「それ自身によって生きる」という、環境に対する何らかのそれ固有の「独立性」を持つ。生命はすでに作られた環境に必然的に作られつつ、逆に環境に働きかけ、新たな環境を作る主体性を持つ。こうして世界は「生命が環境を変ずると共に、環境が生命を変ずる」という仕方で自らを形成していくが、それが個の主体的な創造をも実現化する仕方で働くとき、そこに社会的共同体が成立する。西田はこの世界を、世界自身が自らを個性的に創造する世界であるとみなし、さらにそうした世界こそが、「作られたものから作るものへ」と進展する歴史的現実の世界であるとする。
こうした議論をふまえつつ、西田は国家について以下のように述べる。「歴史的世界は自己の内に自己を形成する自己実現の焦点を有つ。……これが国家と云ふものである」。「〔或一つの民族的社会が:提題者註〕真に国家となると云ふことは、或一つの民族的社会が、過去未来を含んだ絶対現在の自己限定として、歴史的世界の個性的自己形成の主体となることでなければならない」。ここで西田は、国家の実在原理と意義とを歴史的現実の世界の個性的な自己形成・自己創造から捉えている。本提題は、こうした西田の考察を検討していくことで、後期西田哲学が、きわめてパラドキシカルな共同体のありようを持つものとして国家を提起するものであることを明らかにしたい。